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とてもじゃないが表に置けない痛さ炸裂の雑文をどうにか供養するために設けた墓場のような場所。
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私は、彼の碧い眼がやっぱり少し怖かった。
私とはまるで違った世界が見えそうだから。

もし私の黒い目と交換できたら、きっと青みがかったガラスを
通したように見えるに違いない。
まるで海の中にいるような気分になるだろう。
 
そう言ったら、彼は不機嫌そうに言った。
私の世界が青みがかっているのではない。
あなたの世界が本来より黒ずんでいるのだ。
証拠に、砂浜がこんなにまぶしいのに、あなたは目を開けていられるではないか、と。
 
二人で、海に来ていた。
泳ぐわけでもない、春先の海。
晴天とはいえ、そんなにまぶしくあるはずもない。
 
だが、彼は日陰からあまり出てこない。眩しいからと彼は言う。
日差しを感じると彼は言う。そういえば、白人は色素が薄いから、
有色人種より太陽の刺激に敏感だという話を聞いたことがある。
 
自分に平気なことが、彼には平気じゃないようだ。
 
「だったら山にすればよかったですね。」
 
楽しめないでしょう、と聞けばすっと目をそらしただけで反論はしなかった。
 
「でも最初から海に行くと言ったんですから、
 その時断るなりしてくれればよかったのに」
「珍しく、誘われたノデ」
「断れなかったんですね」
自分に気を遣ったのだろうか。それはとても意外なことだった。
よく勝手なことを言って不機嫌になって時々暴れて困らせていたのに。
単にワガママを言っているわけじゃないことは分かっているけど。
 
「こういう時こそ、いつもみたいに言いたいこと言ってもいいんですよ?
 さすがに怒りませんよ?」
「違いマス。海自体は嫌いじゃないカラ」
 
時代錯誤が許されるならサングラスでもかければいいし、と真顔で。
今はやめておいてもらおう。
 
ザパン、と波が寄せる。
他に人はいない。
二人だけの春の海。
 
「海が好きなんですね」
「好き、というより、日本に初めて来た時の感じの、昔のこと、デス」
「懐かしいんですか?」
「なつか、シイ?」
「昔のこと。楽しかったこと。苦労したこと。悲しかった、辛かった、嫌だった、
 でも今なら穏やかに許せる、笑えること。そういうのを思い出してしまう
 時の気持ちです」
「なら、多分そうデス。海は、懐かしい、デス。」
 
命の源、母なる海――そういう意味以上に海は彼の故郷だという。
私にとって異国、彼にとっての祖国。
その土を踏んでいた時より、
海の上にいた時間の方が印象深く根づいているのだと。
幼いころ、まだ見ぬ日本に思いを馳せて過ごした場所。
生死をかけた船旅は過酷で、でも期待に満ちていて、
まだ何も嫌わず憎まずいられた時間。

碧い眼にこの陸地はどれだけまぶしく見えたのだろう。
 
「懐かしい、デスカ。じゃあきっと、あなたもいずれ『懐かしい』
 になるんでしょウネ。私ノ。」
「そう思ってくれますか」
「きっと、多分。そうなる可能性は少なくない、デス。」
「本当に日本語上手ですね、レオさんは」
遠回しな言い方が、逆に直接的な物言いに感じて笑ってしまった。
「苦労したでしょう。」
「字は嫌いでシタ。数が多すぎマス。」
「頑張って書いてくれたじゃないですか、果たし状。」
「あなたに間違ってる部分を朱で添削して送り返されて以来、
 意地でも英語で通すことに決めましたケド」
「上達のためよかれと思ったんですが。」
「好意ならなおさら嫌がらせでスヨ。」
「そうですね。」
 
この人は傷つきやすいのだ、と理解はしているものの何に傷つくのかが
イマイチ分からないから、今みたいになんだかよく分からない
関係になってしまった。
 
「なんなんでしょうか?」
「友達、デスヨ。」
「友達、ですか。」
「あなたがそう言ったんデス。」
「そうでしたか?」
「だから、友達デス」
「はい、絶交しない限りは友達ですね。」
「ゼッコウ?」
「交わりを絶つ、話したり、会ったりしなくなることです。」
「……。」
「あ、でも今すぐ出来たりもしますよ。」
「?」
「こうやります。手を出してみてください。」
「ハイ」
「適当に右手が私、左手がレオさんとしましょう。今人差し指で繋がってますね。
 それをこう、上から手刀で切ります」
 
シュッ
 
「これをやると、絶交したことになります。正確には、その意思表示に。
 ちなみに、繋げる時は下から同じように」
 
シュッ
 
「はい、仲直り、です」
「簡単ですネ。」
「まあ、小学生がケンカしたらやるようなお遊びですよ。」
「時代、時代。」
「寺子屋で。」
「惜しいけど微妙に違ウ。まあいいデス。分かりましたカラ。」
 
 
「――で、レオさんなんでまだ指くっつけてんですか?」
「今繋げたじゃないでスカ。」
「終わったらいいんですよ。ただの確認ですから。」
「そうでスカ?」
言うとストン、と腕を下ろした。
だが、手はまだ一を数える形。
 
「意識して繋げないと、繋がらないんでスネ。」
「はい?」
「こうして自然にしていたら、右手も左手も絶対繋がらないカラ、
 わざわざ切らなくてもいいようナ?」
「確かに、会わないことや話さないことも文字通りだと絶交になりますけど。」
「私文字分かりまセンし」
「漢字ならなおさらそうでしょうね」
「……分かりまセンし。」

伸びたままの白い指の意図を量りかねて顔をのぞくと、
伏せたまつげで碧い眼が隠される。
(その長さが少し憎らしい)

「――分かりまセン。
左様なら、絶交、なんて、言われたって、私には分かりまセン。
つまり、会わなければ友達じゃない、と。
話すことがなくなれば友達じゃない、と。
左様なら、別れましょうなんて。
語源も知らない、分からナイ。
離れてしまえば、絶交と同じ。
もう友達じゃなくなる、ということデスネ。」
 
「・・・・・・・・・ああ、なるほど。」
 
分からない上に分かりにくい彼の
分かりやすい言い分が、分かった。

そっと黒衣の袖をつかんで、もう一度、彼の指を繋げてみる。
 
「友達ですよ。
 こうして目で確認した繋がりを、あえて絶たない限りは、友達です。
 本当は目に見えるものじゃないんですから。」
「・・・・・・」
「納得しました?」
「いえ全然」
「そうですか。じゃあ――」
じゃあいっそ切りましょうか、忍者漫画らしく刃物も携帯してますよ、
なんて言ったら怒るだろうと思ってやめたけれど。
「今切って欲しいデス。自然に切れるくらいなら。」
「そ、そうですか?意外と積極的ですね、いや、この場合消極的?」

「――しっかり切ればいいんデス。再び繋げられるなら。」

一瞬きらめいた色つきの眼差しが、まっすぐ過ぎて射すくめられる。
(ああ、やはりまつげは長い方がいい)

「糸が古びて、自然にほつれてちぎれたら、痛みはなくても、
 繋げることもきっと出来なくなりマス。」
「そう、でしょうか?」
「私はそうなんデス。」
「再び繋げたいと?」
「……そうは言ってまセン。」
「ふふっ――なら、切っておきましょうか。」
 
シュッ
 
「絶交、デス。」
「絶交、ですね。」
 
初めて、彼の笑った顔を見た気がした。
初めて、彼に笑いかけた気がした。

結局海に誘った意味はよく分からないまま、私はもうすぐ旅に出る。
糸の切り口が劣化しない保証なんてないけれど、再び会うことがあったら、
変に律儀な彼はまたこの手遊びに付き合ってくれるだろうか。



「やっぱり、碧いなぁ。」


春がすみに、揺れて消える波と光と、もう二つ。
彼の世界は、彼の眼は、これすらきらきらとまぶしくて思わず
視界を覆ってしまうほど輝きに満ちている。
自分もそれに含まれるのだろうか。

それは少しうらやましくて、
やっぱり少しだけ、怖い気がした。

+ + + + + + + + + +
                                                                            レオ伊賀っていいつつ矢印ばっかりな気がするので双方向っぽいもの書いてみようとした。  でもやっぱり「銃乱射」と「いいから帰ってください」がないレオ伊賀は無理だと途中であきらめたので全体的に雰囲気漫画のノリ。 この「もー絶交する!右手が○○ちゃんで、左手が私だから!!はい切って!!」ってやつよく頼まれてスパーンとしてたんですが地元ローカルネタだったらどうしよう。 特に仲直りバージョンは確実にそんな気がする。ま、いっか。

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