時間的にユキタくんがタビと「効率いい別行動」してるとき。
航ちゃん、航ちゃん――
親しげに縮めた名前。
幼馴染ですごくすごく大切な人、とこいつは言う。
・・・でもな、よく聞けよ。
経験者は語る。
幼馴染のことなんて(特に年上の方は)なんとも思ってないんだ。
俺がカノコをそのくらいにしか思ってないように。
別行動、嬉しいか?
効率よく探せるから。早く見つけたいから。
自分が、早く会いたいから。
俺がいない間にまた路にはまったらどうしよう、とか。
俺がいない時にまた狙われたらどうしよう、とか。
微塵も思わないのかよ、お前。
――いや、あたりまえじゃないか。
出会った瞬間から、タビの根っこは微塵も変わっちゃいない。
閉ざされたこの街に現れた時から、ずっとそうだった。
五年前にこの街を出て行った後も、そうだった。
そのもっとずっと前、小学生の時からそうだったんだ。
この街にいようがいまいが、
俺に会おうが会うまいが関係なく
タビは今も昔も、多分これからも、
ずっとずっとずっと「航ちゃん」で一杯だ。
タビの願いも俺の願いも、繰り返すこの街も
最初から何ひとつ変わっていないはずなのに
なんだ、この嫌な感じ。
「航ちゃん」抜きのタビなんてそもそも知らないはずなのに
「航ちゃん」で一杯のタビを見てなんで今さらこんなにイライラするんだろう?
俺らが出会って今日までを、あと何千回繰り返したら
俺は追いつけるんだろうか?
ずっとずっと、タビの中で繰り返されている「航ちゃん」の回数に。
昔々、親を亡くした兄弟がいました。
兄弟は亡き父母を慕い続け、連れ添って両親の墓へ足繁く通い続けました。まるで生きているかのように墓の中の親に自分の悩みや心配事を涙を流して語りました。
その嘆きはあまりあり、宮仕えをし始めた兄は、仕事に支障が出るほどでした。
このままでは悲しみはいつまでも癒されないとして、兄は墓の回りに、植えれば悲しみや苦しみを忘れさせてくれるとされる「忘れ草」を植えました。
そうしてしだいに墓参りに行こうという弟の誘いを断るようになりました。
弟はそれを憎らしく思い、兄とは反対に親への想いを決して忘れぬよう「紫苑」を植えました。
植えた紫苑のせいでしょうか、ますます忘れることはなく、弟は欠かさず亡き親の元へ通いました。
そんなある日、墓の中から声がして「自分はこの両親の遺体を守っている鬼だ」と言いました。
長年ここで兄弟の様子見ていたという鬼は、怯える弟に言いました。
「兄さんもそうではあったが、お前の親を慕う心は本当に深い。自分は鬼の姿をしているが、ものに感動する心があり、またその日の出来事を予知する力がある。お前を守るため何かあれば夢で知らせてやろう」
と言いました。
それから、弟は毎夜予知夢を見るようになりました。
このことから、「紫苑(しおん)」のことを「鬼の醜草(おにのしこくさ)」と言うようになったそうです。
いつまでも悲しみ続けてはいけないと忘れ草を植えた兄と
悲しみを抱き続けようと紫苑を植えた弟。
愛していたゆえに忘れ草を植えなくてはならなかった。
愛していたゆえに紫苑を植え想い続けたかった。
そして恐れられるはずの鬼が、その想いを解した。
鬼の醜草、なんて一見綺麗な響きではないけれど、捉えようによってこんな素敵な名前になるものですね。
そんな切ないような暖かいような話。
予想よりはるかに楽だなと忍び込んだ直後、「伊賀ずきんへ」と書かれた書き置きに里長の不在を知り、そしてその内容が書庫の整理と重なればこれは怪しいと書棚を物色する。
しかし膨大な蔵書をひとつずつ調べても目的のものは見つからず、ほかの可能性を探ることになる。
書き置きにあった「伊賀ずきん」という明らかに人名ではない呼称――そこに最高価値を誇る鉱物名が隠されていると気がついた自分は、この里で里長並に重要であろうその人物を待つことにした。
「ゴールド」というその人を。
息を殺して本棚のかげにひそみながら日が暮れて太陽は沈み、月が昇り夜は更けた。まだ見ぬ「ゴールド」がどれほどの腕前なのかはわからないが、首尾よくことを運ばなくてはならない。里長不在という千載一隅の機会、今宵を逃してはならない。
そうして気を張り詰めていたにも関わらず、薄暗くほこりっぽい部屋へようやく現れたのは、自分とたいして歳の違わない少女だった。それと同時に自分の目に跳びん込んで来たのは大事そうに抱えられたひとつの巻物――
それからのことはあまり思い出したくない。
あの夜が、あの終わりの見えない復讐劇の始まりだったから。
・・・振り返れば、ひどいことばかりしてきた。
銃殺・毒殺・社会的抹殺・呼びだしリンチ・謀略――と、今までに試みたことを並べると物騒な単語が延々と続いていく。
だがそれも相手方には全く伝わっていなかったようで、徒労に終わった自分の計画は数えきれない。
極めつけは、あれだ。
どうしてこの私が「友達」…なのだろう。
私が彼女に会いに行ったのは復讐目的以外の何物でもないと断言してみせるのに、彼女はいったい私の何を友人足り得るとした?
聞いてみたい気もするけれど、今思えば聞かないままでよかった気がする。
もし答えを聞いていたら、きっとまたあの夜のようになっていただろうから。
言葉の真意などわからないままの方がいい。
この髪を綺麗と言ってくれた、あの時はそれだけで良かった。
だから、もう思い出さない。
この私を友達と言ってくれた、今はもうそれだけで良い。それだけでいいのだ。
思い出し、矯めつ眇めつ慈しめば、記憶に手垢が付いていく。
それより、大事にしまって存在を忘れて、そのままの姿で消えていく方がずっと綺麗で、貴方好みデショウ?
「ゴールド」だった、少女様。
暗闇に渦巻きが見える。
彼女がこちらを見ているのだ。
あの人の側でぼんやりとしていると、その時々の記憶がふっと目の前に現れることがある。
足もとに寄り添う黒猫の九朗。
シルビノとの会話になっていない会話。
いらついた表情の右甫。
朝話しかけてきた荒木狐タ郎。
机の上で寝ている鈴原みぃ子。
キツネ姿の宅間裕一。
美術室のすみにいる鎌場梅花。
なんでもない日常だったり、誰かを傷つけた事件だったり。
でも大丈夫。
僕が願えば、みんな閉じ込めてくれるから。
辛い記憶も、苦しみの原因も、すべて残らず闇の中へ。
「・・・・・・福田さん」
ふと気がつくと目の前に、彼女がいた。
ああ、そういえば。
今日の部活の帰り、偶然一緒になったからだ。
「どこか調子悪いの?」
西の空が真っ赤だったから、次の絵には暖色を使ってみようか。
そんなことをぼぅっと考えて、反応が遅れただけなのだけれど。
「大丈夫?」
心配そうに声をかけてくれた。
なんでもない、と言うと、そっか、と笑った。
「じゃあまた明日」
手を振って歩いて行く。
あのとき、赤い夕陽をはじいた髪が、キャラメルみたいな甘い色をしていて、綺麗だなぁと思った。
「…福田さん」
「?」
渦巻く暗闇の中、一人夕陽色した彼女を 呼びとめてみる。
「……福田さん」
「なあに?」
名を呼べば、答えてくれる。
手を伸ばしても、逃げない。
そのまま髪に触れそうになって、はっと我に返る。
「……ごめん」
「どうかしたの?」
伸ばした手を、そっと握り返してくれる。
「左甫くん」と名前を呼んでくれる。
笑顔を向けてくれる。
――忘れるな。
――これは、自分の記憶が作り出した、ただの幻。
彼女は優しい。
でもそれは、何も知らないから。
彼女は優しい。
でもそれは、都合のいいニセモノだから。
もし福田さんが本当のことを知ったら、自分のことを憎むに決まっている。
もし福田さんがホンモノならば、こんなに近くで触れたりできない。
それは当たり前過ぎるくらい当たり前のこと。
「ごめん・・・・・・」
「いいよ」
それでも優しく微笑むのは、ああ、幻だからだ。
暑いのも、寒いのも、痛いのも――苦しいモノは全部閉じ込めてしまったはずのに、彼女の幻は目にしみるほど暖かくて、胸の奥がちりりと痛んだ。
駄目だ。
こんなもの、あっちゃいけない。
こんなニセモノ、存在しちゃいけない。
こんな感情――全て、全て閉じ込めなくては。
『本物』の彼女を思うたび、早く捨てなくちゃいけないと思うのに。
――・・・コレ、トジコメル?
あの人が、言う。
「もう少し・・・待って」
もう少し。
もう少しだけ。
幻でも、暖かい。
こんな夕陽の色した彼女。
暗闇に押し込むなんてできない。
許されるはずがない。
「全て終わったら、僕が消えればいい」
次第に色を失う黄昏時に、溶けてしまうのは自分だけでいい。
あの時僕が奪った未来を、きっと返してみせるから。
この身体も、この感情も、僕が全て闇の底へと持っていくから。
君だけは必ず、陽の当たる暖かい場所へと、帰してあげるから。
明日なんて来なくていい。
朝日なんてもう望まない。
だからせめて、
今日の夕陽はこのカンバスに、ま白な世界に閉じ込めさせて。
逃げるが勝ちと世の人は言った。
書いたやつが一番説明を求めている。
どういう状況ですかコレ。
始める前に終わってる戦なんて、手を出すのも馬鹿らしい。
根本的には私達はおんなじですわ。
「一番になりたい」という想いが強い事。
ただ姉上は「自分が」一番になりたくて、
私は「誰かの」一番になりたいと願った。
それだけの差です。
「私だったら、あなたみたいな人、絶っ対に好きになりませんわ!」
「ハア」
人が全身全霊でそう告げたというのに、そうですか、とよくわからない様子でうなずかれた。
一番になりたい。
幼いころから、姉妹そろって勝気な性格だった。
一番じゃなきゃ嫌だった。
ずっと、一番になりたかった。
誰かに、一番に想って欲しかった。
「わかったら置くもの置いて帰ってください」
「ここの忍が毒舌なのは変わらないんですネ…」
――ほら、また。
邪険に扱われてるのに、懐かしそうに眼を細めるのはどうして?
目の前で話しているのに、視線が誰かを探しているのはどうして?
ああ、本当に。
見えない影に未だ縛られているあなたなんて論外。
今私が隣にいるのに、まださよならした相手を想っているあなたなんて――論外!
「私、勝ち目のない戦いを挑むほど馬鹿じゃありませんの」
「ハア」
思い出は、郷愁は、いつも美しさだけを増していく。
上書きしようがない。
この手の男は、一生振り返ることをやめやしない。
「私は、別にいいんですケド」
「・・・」
「そういうあなたは・・・どうしてそんなに辛そうなんデスカ?」
私が笑ってみせたって、昔の誰かと重ねるのでしょう。
勝手に苦しめばいい。一人で苦しんでいればいいのに。
どうして、私まで不幸にする。
道連れなんて、冗談じゃない。
私が一番じゃなきゃ嫌なのだから。
私がこの人の中で一番じゃなきゃ、許せないのだから。
・・・ほらやっぱり根本的に同じでしょう?姉上。